全てのブログラムには寿命がある

2016.11.7更新

結論から言うと、傾倒するプログラミング言語や開発環境は、作ったプログラムの寿命や、プログラマーとして活躍できる寿命を決める大きな一因になるいうことです。
どんなに苦労して作ったプログラムであっても、誰にも使われなくなる日がいつか必ず来ます。
全てのブログラムには寿命があるです。
プログラムには命があると考えてください。
誰かに使われている間だけ命があるのです。
しかし、その寿命の長さはプログラムにより雲泥の差があります。
半年で誰にも使われなくなってしまったプログラムもあれば30年たっても使われているプログラムもあります。
長生きするプログラムを作ることもプログラマーの技術のひとつです。
早く寿命が来る理由はいろいろあるでしょう。
動作するのに寿命が来てしまったなら単純に需要がなかったのかも知れません。
しかし、現在の環境では動作しなくなって寿命が来てしまうことも多いです。
例えば、対応していたコンピューターが発売されなくなったとか、
対応していたOSが発売されなくなったとかマイナーになったとかです。
OSが変わり、使っていたプログラミング言語、開発環境が使えなくなってしまえば放棄せざるを得なくなることもあります。
それはそんなに遠い遠い未来のことではないかも知れません。
今年とか来年のことかも知れません。
昔はBASICというプラグらミング言語が主流でした。
昔のパソコンは電源を入れると何もインストールしてなくてもBASICが使える画面が立ち上がりました。
昔のパソコンはROMにBASICが内蔵されていて削除することはできませんでした。
昔はパソコン雑誌を買えばBASICで書かれたゲームなどのプログラムがたくさん載っていて、それ丸写しで打ちこんでプログラムを動かして遊ぶという文化がありました。
そんな時代でしたからBASICに傾倒したプログラマーは多かったです。
BASICに傾倒した人の多くは時代についていけずに早い時期にプログラムを作れなくなったと思います。
せっかく作ったプログラムも寿命を迎えたと思います。
私はBASICが当たり前と思われていた時代から、C言語を選びました。
BASICもやりましたけど深入りはしませんでした。
アセンブリ言語(マシン語)は、やりましたが。
線を書いたり四角を書いたりするグラフィック命令があるし、画面のどこの位置にでも文字を表示できるなど、C言語の標準機能ではできないことがBASICではできました。
カーソル位置に文字を表示するだけの機能のC言語はつまらなく見えました。
ですが、BASICの欠点に少しずつ気づいていき、高度なプログラムはC言語でしか作れないと確信しました。
私はC言語を選んだことにより、現在でもプログラムを作れています。
大昔の初心者のころに作ったC言語のプログラムは今でも生きているものもあります。
もしBASICに傾倒していたら、多くの人と同じように早い時期にプログラムを作らなくなっていた、というより作りたくても作れなくなっていたと思います。
実際には私のやってきたプログラミングの大半は無駄になりました。
研究知識の大半はドブに捨てることになりました。
昔売っていたパソコンの機種は今はもう売っていないわけですから。
しかし、C言語という逃げ道を作っていたので今でも生き残れています。
エスパーでない限り未来のことを正確に予測することはできません。
しかし、冷静に客観的に現在ある情報からある程度の予測はつくでしょう。
後悔しないブログラミング言語を選んで欲しいと思います。
「全てのプログラムには寿命がある。」ということを念頭に置けばいつまでも時代についてけるのではないかと思います。


C言語の話


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